日本でミッキーの著作権はいつまで保護されるのか

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アメリカで初期ミッキーの保護期間が切れると話題だが、その中で “2024年1月、初期『ミッキーマウス1.0』の著作権切れが引き起こす『パブリックドメイン』化の流れ” という記事を見かけた。
「日本の場合、『著作権法第52条』では、著作の保護期間は著作者の死後70 年(それぞれの国によって異なる)。この期間が過ぎると著作物は『パブリックドメイン』となる。」「ウォルト・ディズニー氏は、 1966年12月15日(現在没後57年)に亡くなられたので日本の著作権法上では、2036年が没後70年に当たる。」
と書かれており、何重にも間違っている。

ただ、ググってみると意外とミッキーの保護期間に関しての正確な情報が出てこなかったので、まとめておこうと思う。もし誤りがあればコメントで指摘してほしい。

ざっくり概要

・古い映画は主な作者の死後38年保護される
・蒸気船ウィリーの作者は1971年死亡なので2010年まで保護
・戦争に負けたペナルティとして、アメリカの作品は10年長く保護する必要がある
・よって2020年まで保護される
・1928~1943年及び1952年5月~1953年に公開されたディズニー作品は保護終了済み
・早いものだと2010年頃には切れてる

映画の保護期間

まず元記事に52条と書かれているが実際に参照しているのは51条であり、51条を参照しているのも誤り。51条は保護期間の原則を述べているだけの部分であり、その他に色々と例外がある。映画の場合は54条に別に規定があり、死後ではなく公表から70年保護される。

ミッキーの初映画「蒸気船ウィリー」は1928年末に公開されたので、そこから70年で1998年末まで保護される。……と行けば簡単なのだが、古い作品なので色々とややこしいことになる。

国ごとの保護期間

日本を始めとする主な先進国はベルヌ条約に入っているため、相互主義と言って、2カ国にまたがる場合は保護期間の短い方の国の基準が採用される(著作権法58条)。アメリカでは公開から95年保護され、本年末で終了だ。そのため今年よりも短い期間が日本で算出できれば、日本ではもっと早く切れることになる。

……と思いきや、対米国についてはややこしいものがあり、「日米間著作権保護ニ関スル条約」を考慮しなければならない。これにより、1906~1956年にアメリカで制作された著作物については、日本国民が制作した場合と同等の扱いをすることになる。まぁ結局多くの事例で日本のほうが短いか同等なので、今となってはあまり気にする必要はないはずだが。

ベルヌ条約による相互主義と、この条約による扱いとで、長い方を保護期間として採用する(キューピー事件)。

度重なる改定

著作権の保護期間は度々延長されていて、「途中で一瞬でも保護が切れたものは、現行法の対象でも再保護されない(著作権法附則2条等)」および「複数の保護期間が考えられる場合、最も長いものを採用する(附則7条等)」というルールがある。古い作品は過去の改訂履歴を見て紐解かなければならない。

(出典)

例えば1967年に死亡した人の文章は、現行法では2037年まで70年保護期間内に見えるが、旧保護期間の50年で考えると一旦2017年に切れているため、保護対象外となる。

個人名義か団体名義か

「蒸気船ウィリー」は1928年公開なので、一番左の旧著作権法がまず適用される。団体名義であれば公表後33年で1961年保護終了。個人名義と考えれば死後38年。

※厳密には旧著作権法の中でも度々改定されており、1928年時点では30年だったのが1962年から毎年のように伸び、最終的に1970年に公表50年化したが、1962年時点で保護中だったため延長対象で、最終的に影響する死後38年だけ考える。

ディズニー社のものとして公開された映画なので、当然団体名義になりそうなものだが、これに関しては近い判例が存在する。1919~1952年に公開されたチャップリンの映画がいつ保護切れになるのかを争った平成20(受)889では、「旧法の下における映画の著作物の著作者については,その全体的形成に創作的に寄与した者がだれであるかを基準として判断すべき」「本件各映画については,チャップリンがその全体的形成に創作的に寄与したというのであり,チャップリン以外にこれに関与した者の存在はうかがわれないから,チャップリンがその著作者であることは明らか」とされている。

つまり「旧法時代の映画は、主に作った個人の著作物扱いになる」場合がある。

団体名義であった場合、個人名義の場合よりも大幅に早く保護が切れることになり、2024年現在における最終結果は同じなので本稿では扱わない。結果だけ書くと1989年に切れていることになる。

ミッキーの作者は誰か

蒸気船ウィリー、ひいてはミッキーがどうかというと、昔の話の常で、インタビュー等ごとに話す内容が若干違うのではっきりしないのだが、概ねアイワークスがほとんどの作業を担当して創作したという点では一致している。このことから蒸気船ウィリーもアイワークスの個人著作と見なされる可能性が高い。

アブ・アイワークスというのは、ウォルト・ディズニーと一緒に会社を作ったりと長年一緒にいた人物で、初期のミッキー映画はほとんど彼個人で作っていたとされる。ウォルトが原案を出したミッキーというキャラクターを形にしたのも彼だ(一緒に考えたとする媒体もある)。

誤解されがちだが、ウォルト・ディズニーがミッキーを直接産んだわけではない。

「蒸気船ウィリー」や、その前に制作されて試写会が行われた(つまり捉え方によっては最も古く著作権が切れることになる)「プレーン・クレイジー」のタイトル画面でも、大きく「ウォルト・ディズニー・コミック Byアブ・アイワークス」と書かれている事が、個人著作と判断される裏付けになるだろう。元映像は公式Youtubeで確認可能。

ウォルトとの共著作物になる可能性もあるが、アイワークスのほうが後に死んだので、どちらにせよアイワークスの死亡日を基準に考えることになる。

したがって元記事がウォルトの死亡日を基準に考えているのも誤り。基準日は1966年ではなく1972年1月1日であり、2010年まで保護されるように思える。※計算を簡単にするため、死亡あるいは公表の翌年1月1日を基準日とする法が旧法時代からある(現行57条等)

戦時加算

日本は戦争に負けたので、戦勝国達に対して著作権上のペナルティがある。具体的な日数は相手とする国によって違うが、アメリカで終戦前に生まれた作品に対しては、3794日(≒10.4年)延長しなければならない。

したがって2020年5月22日に蒸気船ウィリーの保護は終了する。

現行法での検討

古い作品の場合、このように最古の保護期間を出した上で、更に切れた時点までの著作権法によって延長されているかを確認する必要がある。

1971年に死後38年から公表後50年に変更され、2004年からは公表後70年に変更されている。この中で最も長い保護期間が、その作品の仮保護期間となり、更にその保護期間中に法改正があったかを検討していく必要がある。

この場合1971年の変更は2004年の下位互換なので無視して良い。蒸気船ウィリーは1928年に一般公開なので、翌年から70年で1999年1月1日、更に戦時加算で2009年5月22日になる。

これは旧著作権法による保護の2020年より短く、2020年までに追加の延長は発生しなかった。

結論

2020年5月22日が、蒸気船ウィリー、要するに初期ミッキー映画の正式な保護終了日となると考える。

他の映画

最初期作品については同様に死後38年ルールにより、その後のものは社長のウォルト個人のものとして考えれば5年早く死亡したことから2015年まで保護される。監督のものとして考えると、1928~1930年までは監督名義はウォルトだったが、その後は様々な人物が担当しており、概ね同程度の時期に死亡しているようだ。

私は制作の詳細を知らないが、アイワークス並みに単独に近い形で制作したわけでなければ、団体の著作物と考えられるかもしれない。団体名義として考えた場合、公表後38年なので更に早く保護が切れる。38+10年経過時点で保護が延長され、最終的に70+10年保護。そのため2024年現在において1943年までに公開された映画は保護が終了している。

実際に1940年頃の映画について第三者が販売している事例があるが、これに対して特に行動を起こしていないことから、ディズニー社は団体の著作物として動いていることがうかがえる。

終戦の1952年4月28日を過ぎると戦時加算がなくなるため、1953年制作の映画(ピーターパン等)は公開から50年保護されて2004年頭に保護が終了している。

ただし1954年になると、今度は2004年頭の70年化の対象になるため、現在でもまだ保護は切れていない。

つまり2024年において、1928~1943年及び1953年に公開された映画については保護が終了しており、1943~1952年の映画と、1953年以降の映画は来年から順次終了することになる。

手袋+赤パンツミッキーは使えない?

SNSなどで「初期ミッキーは切れたが手袋ミッキーは保護中なので使わないように注意が必要」という言説も見かけたが、これも日本においては正しいと言いづらい。

「最初期が保護されているならその後に出たものも保護されているだろう」と考えがちだが、前段のような理由からむしろ手袋ミッキーのほうが早く保護が切れており、2010年頃から順次期限切れになっている。

例えば手袋ミッキーの代表例といえる「ファンタジア」は1940年公開なので、公開から80.4年後の2021年5月にはパブリックドメインになっていると考えられる。

初めて手袋をした「ミッキーのオペラ見学」は1929年公開だが、この頃はアイワークスが敏腕を振るっていた頃のため、蒸気船ウィリー同様(単純に80年追加の2010年ではなく)2020年までの可能性がある。

アニメにおいて赤パンツが明確に確認できるのは、3つ目のカラー作品である「ミッキーと害虫退治」(1935)が最初だろう。1,2作目は緑パンツや全く違う衣装だった。80年後は2016年なので既に保護は終わっている。検索すればYoutubeなどに投稿されているのが確認できるが、この作品で黄色い靴を含め現行ミッキーの基礎デザインはほぼ完成しているように見える。一応細部は違うが。

なおアメリカにおいては当然保護期間中だが、手袋は蒸気船ウィリーの1年後には出ているので案外すぐ切れる。カラー化するのは7年後だが、モノクロ映画とは言え宣伝ポスターでは着色されており、この場合米国法でどう扱われるのかは詳しくなくわからない。

注意点

翻訳の保護期間

保護が切れるのは原語版の話であり、日本語版は切れていない場合が多い。これは日本への移植に10年20年とかかっている場合があるからであり、日本語字幕や日本語音声については、日本で発売されてから70年保護されることに注意する必要がある。「ミッキーと害虫退治」のように60年ごしに移植された事例もある。

そのため巷で売られている廉価版ソフトでは新訳および新録している事が多い。当然新録版の音声には新録版の権利がそこから70年発生する。仮に日本語版が70年前に発売されていたとしても、”その”日本語版以外の権利は切れていないことがあるのでどの版なのか注意が必要。

公式二次創作の保護

保護が切れるのはあくまで昔の映画であり、その後に制作されたミッキーの新作等については、別途初期映画の二次的著作物としての著作権が発生する。

期限切れ作品の対象範囲と被る部分は保護されないが、特に後から追加された衣装のミッキーを描く場合や、作品そのものをコピーや切り貼りするような場合は問題になりやすいだろう。二次創作にも、新たに創作した部分の著作権は発生するのである。

またミッキーを始め主要なディズニーキャラは商標登録されているため、使い方によっては商標の方などで問題になる可能性がある。ただ商標は著作権と違い、使用を一律に禁じられる強い権利ではないので、「結局ミッキー使っちゃダメなんじゃん」とはならない。制限される範囲については、説明すると長大になってしまうため別途自分で調べてほしい。

著作人格権

著作人格権には保護期間の定めがないため、現在も有効である。

厳密には人格権そのものは作者の死亡と同時に消滅するが、著作権法の第60条において「著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」と実質的な永続人格権について定められている。

人格権は、公表権/氏名表示権/同一性保持権のことで、要は未公開作品を勝手に公開したり、作者名を偽ったり、作品を改変すると問題になる場合がある。とはいえ後半の注釈があるように、死後については程度問題になるため、自分が作ったと偽ったり、元作品を切り刻んでヘイト作品を作るでもしなければ、実際に問題になることはかなり少ないと思われる。

ちなみに本国ではミッキーが大麻を吸いながら、羽の生えたネズミことコウモリと性交するアニメが全国的に放送されたことがあるが、特に問題になっていないようで、現在も公式Youtubeで視聴することができる。流石に懐深すぎない? 500万回以上再生されているため公式が認知していないとは考えにくい。これを見るに、かなり過激なことをやっても問題になる可能性は低そうだ。
この2年後にはディズニー映画にこのキャラが出演していて、許されてるっぽい。メタ要素強めの映画だし、一応人気キャラとはいえ、良いの?

ネット公開の扱い

多数切れているのは日本国内での話であり、米国ではまだそんなに切れていない。このため国内向けに商業作品を作るのは自由だが、米国向けに公開するにはしばらく待たなければならなず、商売展開上の壁がある。

ネット上に公開した場合はややこしいことになる。ざっくり表せば「米国人が見ることが通常予想できる範囲であれば米国内で訴えられる可能性があるが、想定するのが難しければ考慮されない」と言って良いはずだ。

著作権は属地主義と言って、問題が発生した地点の法律が適用される。このためネットにおいては主に送信者か受信者の現地法に則って裁かれるが、例えば日本語でしか案内がないサイトに米国人がアクセスしてきたときなど、通常想定が難しい範囲であれば不問となる事がある。逆に言えば、英語表記があれば米国人が来ることも想定されていると捉えられる可能性が高いのではないか。

米国運営SNS上の、大半が日本フォロワーな人の日本語投稿でどうなるか等、気になる事例は色々あるが、おそらく先行事例がなく分からない。属地主義は明確なルールがなく、大雑把に運用されているところがある。そのほうが自国に有利に動ける場合があるからだ。(参考:日本におけるプロの見解例)

とはいえディズニーは二次創作に寛容気味と思われるので、商業的に動くわけではなく、個人として活動する分にはほぼ考慮する必要はないだろう。

2052年説

アニメになる前には当然原画やデザイン画、あるいは広告用のポスター等があるわけで、そちらは映画の著作物とは言えない可能性があるかもしれない。その場合も旧著作権法では死後38年なことから2020年まで保護され、2018年の改定によって死後70年に延長される点が違い、2052年5月まで保護されることになる。

ただ、アニメ作成の検討過程における絵を個人著作としてしまうと影響範囲が広すぎるので、アニメの一部とみなされ、そういった判決は流石に下らないのではないか。映画の前に絵本でも出していれば別だったかもしれないが……。
軽く探した範囲ではここについて争った裁判は見つからなかった。

また仮に2052年であった場合でも、2052年であることは裁判をしないと確定しない。場合によっては2020年であることが確定して広く知れ渡ることになるのと、外聞があまりよろしくないことから、わざわざディズニー社は裁判を起こさないのではないかと想像する。

著作権の大半は親告罪なので、権利者が訴えでない限りは侵害しても問題ないとも言える。そのため実質的に2020年で終了済みと言ってしまって良いのではないだろうか。ぶっちゃけ2020年以前からミッキーの二次創作は多数あったが、特に怒られたという話は聞かない(※)。そういう意味でも、少なくとも個人の活動については問題ないと考えてしまって良いだろう。

※大々的にやって怒られたプール事件はあるが、当時の日本は海賊版が横行していた時代背景があったり、15年後にちゃんと申請した別の学校は許可されていたり(平成13年須坂市立小山小学校の事例)と、何にでも噛みつく鬼というわけでもない。

余談:二次創作できないとの言説について

ついでに本ページにまとめてしまうが、冒頭に書いたのとは別の記事 “「ミッキー」初期作の著作権、2023年末で切れると米報道 日本でも2次創作できる?弁護士に聞いた” で、田中敦弁護士が「ディズニーの場合は、コミケなどでミッキーの2次創作を扱うのは難しいと思います」と発言しているのも見かけたが、これもかなり猜疑がある。

ディズニー作品の(著作権が有効な作品に対するものを含めた)二次創作は昔からコミケに多数存在するし、ディズニー公式がコミケに企業ブースとして参加したこともあるので、その状態を認識していないとはとても考えられない。よほどのことでなければ黙認していると考えるのが適切だろう。

少なくとも2000年頃からディズニー島があったというポストをXで見かけたことがある。私はそこまでやる気はないが、米沢嘉博記念図書館に行けばカタログ含め過去の全コミケ出展物があるので証拠探しが可能。

「ディズニーでは、ミッキーを不注意に使わないよう目を光らせていますので、米国でパブリックドメイン化しても、すぐに偽物は現れないと思います。ミッキーを使った2次創作があふれ返ることもないでしょう」との発言もあるが、実際Amazonなどを見れば格安で初期ディズニー映画のDVDが売られているのを見ることができる。例えばこの会社は、商品一覧を見るとわかるが、様々な保護期間切れ作品を長期的に販売している。今もあるかは分からないが、100円ショップで見たことも何度かある。

このように、少なくとも日本においては既に海賊版や二次創作がありふれたものになっているが、特に対応に動いたという話は聞かない。

ただし、ディズニーの意向と関係なく、日本の各業者が自主規制としてディズニーを取り扱わなかった時期は存在した。印刷会社に断られただとか、Pixivからディズニー関係の二次創作だけ運営判断で消されたという話を覚えている人も多いだろう。

更新履歴

23/12/30
「日米間著作権保護ニ関スル条約」のことを失念していたため本文修正。「相互主義により短い日本の期間を参照する」から「日本の期間だけ参照する」になるため、最終結果に影響はない。その他細部の表現や誤字修正。

蒸気船ウィリーが団体名義とされた場合の保護期間について追記。個人名義の場合より短いから必要ないだろうと言及しなかったが、あったほうが親切だと思い直したため、途中式を省いて結果だけ記載。

ネット上の利用に関して属地主義の説明を追記。合わせて注意点の項目が肥大化しすぎたため分割。

24/1/1
保護期間終了の起算日を誤っているとの指摘を受け修正。これにより1年後ろにズレる部分が多々ある。本来死亡や公表の翌年から計算な所、死亡日から計算していた(現著作権法57条等)。指摘感謝。

これに伴い再読したところ、2052(旧2051)年説の部分で過去作販売業者に触れていたが、これは不適切と思い直し消去。仮に絵の権利が生きていた場合、公式二次創作の絵そのものを使っての転売は可能になるが、そこからの三次創作は問題となることも十分にありえる。

年を越したので「2023年現在」の各表記を2024年に修正。

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